渋谷にもう一つ城があるのを忘れていた。
 東の渋谷城、神宮前のシャトーの2つに加えて、渋谷九龍城がある。あるというか、見ようと思えばそう見えるので、勝手にネーミングしているだけだけれど。

 渋谷川は渋谷駅以北は地下(暗渠)を流れていて、地上は遊歩道(キャットストリート)になっている。渋谷駅から南は地上(掘割り)を流れていて、蓋はされていない。地上を流れているとはいえ、目黒川のように両岸が桜の並木道になっているわけでもないし、まして親水護岸でママとベビーがきゃわきゃわ言っているわけではない。どっちかっつーと、いやはっきり言っても、コンクリート製の巨大な排水溝(普段はほとんど水はなく、大雨のときに使うらしい)。
 そっけないコンクリート製なのは、東京の川ならしかたない話。駅南の渋谷川の問題は、明治通りと東急東横線高架に挟まれていること。狭いところでは岸からそれぞれ5mぐらいしかない。幅の狭いベルト地帯にみっちり建物が建っている。明治通り側は十数階建てのビル(奥行5mのエンピツビル)、東横線側は2-3階建ての小さな建物が密集している。(もう過去形になりつつあるけど)

 渋谷川にかかる橋から眺めると、ちょうどビルの裏側がずらーっと並んでいる。ビル一本一本の幅も狭いので、香港にあった九龍城のミチュアにみたいに見える。本物の九龍城は細いビルが密集してできていて、足元の路地はクノッソスの迷宮状態で、一旦入り込んだら二度と戻ってこられないという都市伝説があった。それに比べると渋谷九龍は「城」というよりも「砦」の壁。明治通り側から見るとすっきり感と裏側のぐちゃぐちゃ感との落差は、香港九龍城にはない風情。渋谷九龍砦のテナントは飲食店が主力で、穴場的な店も見つかったりする。大半はホッピーを置いてそうなリーゾナボーな店。JRAが近くにあるので、たぶん競馬で負けた人の憂さ晴らし用だと思う。ちょっと高級な穴場店は勝った人用か。
 一方、渋谷川の右岸には建物と東横線高架の間に薄暗い細い路地が続いていて、小さなお店が窮屈そうに建ち並んでいた。秘密のクラブでもありそうなアンダーグラウンドな感じが面白かった。いまは東横線の地下化で、高架がほぼ取り壊されて、あたりはすっかり明るくなってしまった。高架跡地は代官山に続く健全な遊歩道にする計画らしい。川沿いの小さなお店も取り壊されるようでテナントの撤退が進んでいる。

 渋谷九龍城も裏路地も渋谷駅周辺開発の
エリア(渋谷駅南街区)に含まれている。東横線ホームのあたりは高層オフィスビル(地上32階、高さ170m)になり、下の方はホテルや商業施設になるそうだ。渋谷川も清水復活させて川沿いを親水空間()にする計画。川の上は一部に蓋をしてその上を歩行者空間にしたいようだ。ここは渋谷駅周辺開発でも一番先行している地区で、オリンピックまでに開業する予定。九龍の壁も二か所ほど取り壊しが始まった。これから龍の牙が、一本一本抜けていくんだろうな。