渋谷には書道家が沢山いる。

 書の道と書いて「書道」なのだが、
渋谷の書道は漢文風に間にレ点が入り、「道に書く」と書いて「書道」と読む。早い話がグラフィティ。世間では単に「落書き」とも呼ばれている。

グラフィティは本場米国では80年代がピーク。その頃、来日したキースへリングがキラー通りの旧オンサンデーズの壁面に描いたものが今も残っている。実際に東京でストリートに展開されるのには時間がかかった。東京では90年代後半から増えたと思う。井上三太さんがグラフィチマンガを描き、天明屋尚さん漢字グラフィティを書いたのが今世紀初頭。東京ではそのがピークだったと思うが、その後も地道に続いている。最近の渋谷では駅周辺開発の始動やスポットの建替え増に伴って、キャンパスとなる壁面や仮囲いが増加したので、目にする機会が前より増えた。

 ここ半年、渋谷の壁面という壁面を毎週見てまわって
500作品以上鑑賞した。数百の作品みると、門外漢でもそれなりに上手い下手がかるようになってきた。やっぱり上手い作品はグラフィティでも書道でも共通したものがあると思う。勢いがあって、筆運びに迷いがなく、のびのびと書かれた作品にはぐっときてしまう。

グラフィティの中でも書道に近いのはタギング(単色の線だけで書いたグラフィティ、というか参上の署名)。草書が主流なんだけど、楷書行書もときどきあるし、篆書だってある。上手い人のタギングは禅僧の墨跡に見えてくる。
 例えば、習練を重ねたにちがいない、鮮やかな筆脈が夢窓疎石思わせるものもある。即非如一のように、激しい動きで線がかすれてしまっているのもクール。一山一寧の草書みたいに、張りのある細い線で動きのあるのも悪くない。慈雲飲光みたな縦書きの一行書も発見した。仙崖義梵円相みたいな連作もある。
 渋谷では常連の書道家の作品は、どこの壁で見かけても寸分違わぬ完成度を保っている。短時間に一気に書き上げても形も崩れないようになるには、どれだけ練習を積んだんだろう。

 落書き禁止の看板に追い立てられようが、ペンキで消されようが、
器物損壊で罰せられると脅かされようが、新作は毎週発表され続けている。刑法に触れる行為はお薦めはできないが、その意欲と継続力には見習うべきものがあると思ったりする。不言実行、日々精進、刻苦勉励、一期一会、、、なんか禅の修行にも通じるところ多々なり。