渋谷には刑務所があった。

 東京にある刑務所というと、日本最大の刑務所「府中刑務所」。
すでにない刑務所だと、A級戦犯が収監されていた「巣鴨プリズン」(いまの池袋サンシャイン60)。この二つは小説やドラマにときどき出てくるから、結構知られていると思う。

 こういう一般の刑務所とは別に、戦前は軍の刑務所もあった。渋谷は当時、日本帝国陸軍の一大拠点だったので、東京陸軍刑務所もあった。虎ノ門にあった徒刑場を移設したらし
い。軍の刑務所が一般の刑務所と違うのは、刑罰として囚人に軍事訓練させたり、重い砲丸を運ばせていたりしたところ。だから、代々木練兵場(今の代々木公園からNHKにかけて)の端に刑務所を建てるのはちょうどよかったのだろう。

陸軍刑務所の敷地は、NHKの南側から東急ハンズのあたりにかけて広がっていたが、1945年の終戦で陸軍刑務所は廃止されてしまった。今の渋谷区役所や渋谷公会堂、税務署、小学校などの公共施設は陸軍刑務所の跡地に建てたものだ。

 渋谷公会堂(旧
CCレモンホール)からアムウェイ・ビルの方に坂を少し下って、渋谷法務局(税務署)の角に二・二六事件の慰霊の観音像が立っている。いまだに献花が絶えない。二・二六事件で攻防があったのは永田町方面だし、慰霊碑がなんでここにあるのか不思議に思っていたが、二・二六事件の実行犯がここに収監されていたようだ。二・二六事件の裁判の判決で16人が死刑となっている。長崎のキリシタン磔刑か。(あれは26人か)
 いまはなき市ヶ谷刑務所跡地の富久町児童公園や、巣鴨プリズン跡地の東池袋中央公園には刑死者慰霊碑が立っている。慰霊碑のあたりに刑死場や絞首台があったと言われている。ということは、渋谷の二二六事件慰霊碑のあたりに死刑台があったのだろう。

 全国パワスポガイドによると
二・二六事件慰霊碑は、恋愛・婚活パワースポットなんだそうだ。慰霊碑の前で告白やプロポーズをすると成功するらしい。青年将校の霊が応援してくれるという説と、二二六で「夫婦ロック」だからという説があるそうだ。場所としては、もろ心霊スポットなんだけどな。慰霊碑の前でプロポーズの記念写真は撮らないように。ほら、後ろ、後ろ!

・・・と茶化してしまったけど、陸軍刑務所でもっと恐ろしい事件があった。終戦直前、米軍の空襲で刑務所は火災となり、収監されていた米軍捕虜62人が逃げ場を失って焼死した。戦後、
陸軍刑務所長は管理責任を問われ、BC戦犯の裁判で死刑を宣告された。刑務所の管理不行き届きだったのか、どうしようもない状況だったのかわからないが、どっちにしろ米軍は自身の空襲が原因で、自分たちの仲間を焼死させてしまったことに変わりはない。GHQがこの刑務所を戦後すぐ閉鎖したのは、そのせいなのかもしれない。