渋谷暗黒巡礼 Dark Pilgrimage in Shibuya

見ようとしても誰にも見えない渋谷、見えてるのに誰も見ようともしない渋谷

March 2014

澀 → 澁 → 渋 What Shibuya derives from

SHIBUTANI

渋谷の何が「渋い」のか。

「渋谷」という地名からして、谷間で湿っぽい感じがする。世田谷や千駄ヶ谷だと、どの辺りが谷間だっけ?(江戸時代は田が広がって地域だと思う)と考え込んでしまう。渋谷の「渋」の字が、いかにも水が滞っている雰囲気。実際、いまだに水があふれることがある。

「渋」の旧字体は「澁」で、その前は「澀」、白川静先生によると「渋」の字は、最初はさんずいはなかったらしい。この右側の込み入った字は、「止」の字が上下に二つづつ、計4つあって、さらに上の二つは上向き、下の二つは下向きで互いにお尻を突き合わせる形になっているそうだ。簡単に言うと、22で尻相撲をとっているような感じ。反発の「発」の字のかんむりも「止」が二つ並んでいる形だそうだから、「渋」は、互いにぶつかりあってにっちもさっちも行かなくなった様子を表しているとか。さらにサンズイへんがついて、水が何かにぶつかって滞る意味もあるらしい。

古くからある地名は、もともと地元で呼ばれていた地名に漢字を当て字したものも少なくない。中には時代によって音は同じでも、漢字表記がときどき変更された地名もある。
渋谷は中世から「渋谷」と表記されていたようだが、もともと「しぶや」と呼ばれいたのだろう。
渋谷区によると、地名の由来は諸説あって定説はないらしい。渋谷区のホームページには、4つの説が載っている。

(1) 「塩谷の谷」説
(2) 盗賊「渋谷権介国盛」説
(3) 「しぶ色の川」説
(4) 「しぼんだ谷」説

似非理系としては、4番目の「しぼんだ谷」説を押したい。
「しぶ」は「しぶい」の「しぶ」
と同じ。古い日本語の「しぶ」は、しわしわを意味する「しぼ」と同源だろう。「しぼむ」はその動詞形。「しぼ」は今でも革製品の用語として使われいる。英語でいうところのグレイン・レザーは日本では「しぼ革」と呼ばれている。昔は革を手もみして細かいしわを全面つけた。つまり、「しぼ」の意味するところは「しわ」。「しぼむ」と「しわ」ができる。たぶん、「しぶい」という言葉の由来も、渋柿を食べたときの顔、とくに口元がしわしわになるからだろう。

ということは、「しぶや」とは「しわしわの谷」という意味だったんだろう。実際、渋谷の地形図を見ると、大小の谷が渋谷川に向かって沢山刻まれている。坂のある都市は国内外に沢山あるが、こんなにしわしわでアップダウンのある土地に住宅から高層ビルが密集した都市は、珍しいと思う。(渋谷の地形の話につづく) 

巡礼地「渋谷」 Shibuya as a field for pilgrimage

spider web on Shibuya

渋谷でダーク・ツーリズム。

聖地巡礼のフィールドを渋谷にしたのは、かれこれ四半世紀も渋谷をうろついているからということなんだけれど、改めて考えてみると、渋谷はそういうフィールドにとても似合っている。なんというか、渋谷そのものが一つの巨大なダークスポットというか、渋谷駅を中心にしたダークエリアのような気がする。
 
地形からして渋谷駅を谷底にした巨大な蟻地獄のようだし、川や水路も渋谷駅を目指して集まって来る。「渋谷」という地名自体も何か湿っぽい感じがする。もちろん東京で湿っぽいのは渋谷だけではないけれど。池袋には巨大な池があったし、新宿は淀橋浄水場があった。でも渋谷が一番、谷底な感じがする。
 
怪しげな場所でみると、新宿の歌舞伎町や百人町、池袋駅の北西方面や区役所周辺もあるが、渋谷にも円山町とか、渋谷川と東急東横線の間とか、ないことはない。毛色はそれぞれ違うが、怪しげな雰囲気を醸していると思う。ま、夜っぽさでは、新宿の独り勝ちだけれど、女子比率では渋谷ダントツかと。池袋が喪女の街だとすると、新宿は悪ビッチ系、渋谷は良ビッチ系のイメージ。それはダークエリアとは直接関係ないか。
 
池袋にせよ、新宿にせよ、渋谷にしてもどの街も、江戸時代には江戸のはずれにある場末の街だった。今は、どの街も何となく着飾って恰好つけているけれど、いまだにそこはかと場末の雰囲気を残している気がする。

暗黒聖地 dark power spot


聖地の暗黒面。

街中の不吉な場所を巡る暗黒聖地巡礼なる活動(
というかレジャー?)を企画しているわけだけど、じゃぁ、目的地である暗黒聖地には、どんなところがあるんだろうか。

不吉な場所といえば、昔から人気なのが心霊スポット。東京だと千駄ヶ谷トンネルとか、京都だと深泥ヶ池トンネルとか、なんか出たという噂のあるところがある。半分は怖いもの見たさで行くといえば、この10年ほど廃墟ブームもある。廃墟かつ心霊スポットもある。古くは火災で焼け落ちた「ホテルニュージャパン」とか、琵琶湖湖畔の廃ホテルとか。勝手に中に入るのは、違法だけど。
とはいえ、オカルトや廃墟が大好きな人はいいけど、行き先が薄暗いトンネルや廃墟だけだと、なかなか行く気がしない。散歩がてらの七福神参りみたいに、街中でちゃっといくつかのスポットを経巡れるような、身近なコースがあってもいいと思う。

伊勢神宮や出雲退社の遷宮をきっかけに再び盛り上がっているパワースポット・ツアーだけど、日本のパワースポットと呼ばれている場所は、ときとしてダークな側面を持っている場合がある。例えば、神社やお寺の場所が選ばれた理由は、何かを封じこめるためだったり、都や城を何かから守るためだったりする。でも、パワースポットとして紹介されるときは、ダークな部分は削られ、プラスのパワーだけが強調されてしまうのだが、、、ダークサイドから見ると、負のパワースポット=暗黒聖地と呼べる場所は、街中でも案外見つかる。

暗黒聖地は、風景として異界な印象を与えるのか、由来や曰く因縁に関する前知識が印象を操作するのか、それとも、湿度や温度、明るさが周辺と異なっているせいなのかわからないが、何か感じる人にとっては、本当に何か感じさせるものが、紛れもなくそこに「在る」んだと思う。

暗黒聖地巡礼 dark pilgrimage



日本のダーク・ツーリズムの夜明け。

2010
年頃からダーク・ツーリズムという言葉も日本でも使われるようになってきた。東日本大震災がきっかけになったのだと思う。
ダーク・ツーリズムは、戦災や大災害、大事故にまつわる場所(現場、跡地、慰霊碑、資料館など)をツアーするのだが、そういう悲惨な歴史・事件を直視したり、追体験するきっかけになるところに意義があるらしい。

英国発(しかもスコットランドのグラスゴー)の概念だから、英国人の好きな「幽霊屋敷ツアー」的な怖いもの見たさツーリズムの側面がないとは言えない。提唱する学者達も、不純な動機がなくはない辺りは認めた上で、だとしても、ダークな場所に行ってみれば大きな学びがあると考えているようだ
 

日本でのダーク・ツーリズムの代表的な目的地は、広島、長崎、沖縄の太平洋戦争戦災跡(皆忘れているが、3/10は東京大空襲の日。東京の下町で10万人が一夜で亡くなった。翌日の朝には、道端には黒焦げの母・子が抱き合ったまま立っていたり、隅田川が水死体で水面が見えなかったという。広場には黒焦げの死体のピラミッドがいくつもできた。東京大空襲資料館はもっと来館者が増えた方がいいと思う。)がだろう。修学旅行先のメッカでもあるから、教育的効果はあると思われているのだろう(生徒の感想は、まぁ別だが。)今は、それに三陸海岸の津波被災地が加わった。
戦災や災害は、めったにはないが忘れてはならない歴史的事件だと思う。そこまで大きな被害が出たわけではないが、その場で人が死んだり、苦しんだりした場所は、探してみると、結構身近なところにあって驚いてしまう。歴史のある都市だとなおさら。京都なんて、どこを掘っても応仁の乱で焼け落ちた家々が埋まってそうだ。
 

そういう不吉な場所を巡るのも、ダークツアーと考えてもいいと思う。戦災や大災害ほど大事件でなくても、その場所のダークな歴史や事実を知ることも、悪くなくもないかもしれない。
‘00年代半ばから、アニメの聖地巡礼が始まったが、それにかこつけて経産省や観光業界がコンテンツ・ツーリズム()とか言い出した。最近では神奈川県が聖地誘致にがんぱっているようだ(昔から学園モノは神奈川県が舞台というイメージ)。ツーリズムと言うと、地方都市の観光振興や、日本への海外旅行客誘致のように、飛行機や鉄道で移動して泊りがけの旅行レベルをイメージしてしまう。個人的には聖地巡礼の方が、日本人の旅行感覚(ツアーというよりトリップ)に合っているような気がする。ダーク・ツーリズムも聖地巡礼の一種として、暗黒聖地巡礼とでも呼ぶのもいいかなと思う。