渋谷暗黒巡礼 Dark Pilgrimage in Shibuya

見ようとしても誰にも見えない渋谷、見えてるのに誰も見ようともしない渋谷

August 2014

渋谷センター街の黒歴史 chanese mafia, yakuza, and shibuya police



渋谷で華僑マフィアとヤクザと警察が衝突したことがあった。

 まるで往年のヤクザ映画みたいだが、ヤクザ映画が生まれる前の話。ヤクザ映画脚本のネタになったのかもしれない事件が渋谷であった。1946年だから終戦の翌年の出来事。日本に残留した台湾人武装グループ、渋谷警察署、ヤクザ(落合一家、武田組、万年東一一派の連合)の三者の抗争が起こった。後に言う渋谷事件である(ナレーション風に)。現在の宇田川交番と龍の髭と角海老個室浴場の三角形は、68年前の三者衝突の結果を語っているように感じる。

 終戦直後、宇田川町の闇市には華僑総本部が置かれていた。つまり渋谷は東京の台湾人華僑コミュニティの拠点だった。華僑総本部は闇市で飲食店をいくつか経営するかたわら、ご禁制品々(統制物資)を販売していた。(その飲食店の末裔が龍の髭と麗郷?)その上、華僑総本部が宇田川町エリアを台湾人街にしようと中華街にあるような門を建てたらしい。渋谷事件がなければ、渋谷は日本最大の中華街になっていたかもしれない。
 渋谷警察署は華僑の販売している不法な物資を没収し、ついでに屋台(不法建築家屋)をぶっ壊したが、雨後の竹の子よろしく屋台は再建され闇物資があふれた。そんなわけで渋谷警察署と華僑総本部は真っ向から敵対し、ついに闇市を通る警察官が集団暴行を受ける事態になるまで関係は悪化した。で、そこにヤクザが参入してきて話がややこしくなってくる。ヤクザはヤクザで東京の各地で在日外国人勢力(マフィア?蛇頭?)と敵対していたが、台湾人マフィアに殴りこまれて死者まで出していた。こうなると渋谷宇田川町は敵の本丸。ここでヤクザと警察の利害が一致した。
 三者の激突シーンでは、ヤクザは機関銃ぶっ放し、華僑のトラックの運転手は頭を打ち抜かれ、トラックは民家に突っ込んで炎上!ヤクザ映画顔負けどころか、これじゃギャング映画。事実は映画より危なり。詳しくは→「渋谷事件

 結局この抗争で、渋谷警察署はヤクザ連合に借りができただけだった。
 これは当時のヤクザの常套手段。警察と敵対勢力の抗争の間に入り込んで、警察に代わって(?)敵対勢力を一掃してしまう。ヤクザに借りのできた警察は、ヤクザの不法行為にお目こぼしというか、見て見ぬふりをせざるを得なくなる。渋谷事件と同じようなやり方を当時の山口組も用いた。港湾労働者と兵庫県警の抗争(レッドパージ?)の際、山口組が体を張って警察側を守った。その結果、兵庫県警は山口組に頭が上がらなくなり、その後の山口組の勢力拡大につながっている。(神戸市OBに聞いた話)
 渋谷警察署の「見て見ぬふり」もあって、ヤクザは風俗店を渋谷で開店できるようになったんじゃないか、と勝手な想像している。(実際、パチンコと同じく個室浴場も「微妙なところ」で警察から摘発されない仕組みになっている。)

 渋谷事件から数年後、東京都は闇市や屋台(露天商)の一掃を推し進めて、東京中の公道から屋台が消えてしまった。ちなみに秋葉原ではラジオ部品の露天商がラジオ会館に押し込められた。宇田川町の闇市も姿が姿を変えていったが、台湾料理店と風俗店は残った。その前に宇田川町交番がでんと構えているのは、渋谷事件の後、三者の間でなんらかの手打ち(密約)があったのではないかなとかんぐりたくもなる。
 今では渋谷警察署は渋谷から暴力団を一掃(表向き?)し、センター街の犯罪発生も減少している。性風俗もノマド化し、百軒店も大人しくなった。龍の髭が取り壊されたのは老朽化が原因だとは思うが、時代とともにこれまでの三者関係が意味をなくしてしまったんだなぁとしみじみ思う。次は角海老個室浴場ビルの番。5年以内に建て替わると予言しておく(誰でも想像つくけど)。また一つ渋谷の闇黒史が見えなくなっていく。


台湾料理と渋谷 Taiwanese dragon’s barbel


渋谷センター街の老舗中華料理店「龍の髭」が取り壊された。

小さな建物だったので、ある日突然にすっかり更地になっていた。宇田川町交番の後ろの店と言えば誰でもたいてい分かってくれたのに。龍の髭は中華といっても台湾料理。渋谷の台湾料理と言えば、センター街の龍の髭か、道玄坂小路(平成女学園のある裏通り)の麗郷かと言うぐらい、ファンの多い店だった。

実は老舗台湾料理店が渋谷にあるのは偶然じゃない。終戦直後から台湾華僑コミュニティが宇田川町にあったらしい。その頃の宇田川町は渋谷の闇市。無許可の露店や屋台が並んでいたそうだ。

戦前、台湾は大日本帝国の占領下にあった関係で、東京にも台湾人が住んでいた。戦後、米国進駐軍
GHQが在日の朝鮮人、台湾人に対して日本に居留し続けることを許可したので、残った台湾人は闇市で商売を始めた。渋谷の場合、戦前のメインストリートは大和田エリア(いまのマークシティ付近)だったため、少し外れた宇田川沿いに闇市ができたのだろう。きっと華僑など新興勢力が闇市に入り込みやすい状況だったと思う。龍の髭と麗境は闇市の中から生き残った数少ない店なのだろう。やっぱり美味しかったから今に続いたのかも。

渋谷に今でも台湾華僑のコミュニティがあるのか知らないが、渋谷川と旧東急東横線の隙間に「中華術式日本本部」なる組織があるし、何等かのネットワークは残っているんじゃないか。
若い華僑の人も活躍しているみたいだし。

ところで、龍の髭の前に交番が、隣に角海老ビルがあるのには、歴史的に意味深な三者の関係を表しているのではないかと思ってしまう、、、後編に続く。

長泉寺に封じ込められしもの Graves are of all sizes.



渋谷と原宿の間に200体の石仏が並んでいる。

 長泉寺の醍醐味は本堂の裏にある。裏側は山手線に接するまで全部墓場。線路に面して、こんなところに墓地があるなんて、昔この区間を通勤していたときには気が付かなかった。結構古い墓石もあるし、新しいのもある。墓場は卒塔婆の林立状態なので、今も使われているのだろう。後ろを振り返ると、墓石と卒塔婆の間から明治通り沿いのビルが見える。渋谷区には墓地が何箇所かあるが、周りを高いビルに囲まれているのは、ここぐらいだ。

 お墓を避けつつ、奥までいくと、ちょっと驚く。山手線の土手に石仏がだーーーっと並んでいる。総数
200体。象の寺と思わせておいて本当は、像の寺というオチか、と思うぐらい沢山ある。明治通りからは距離があってよく見えないし、線路の土手に並んでいるので電車からはちょうど見えない。墓場の奥まで来ないとまず気づかない。

 石仏は、よくある石のお地蔵様とかじゃなくて、千手観音や馬頭観音、弥勒菩薩のようなポージングのもの、三体が一つの石に彫られたものとか珍しいものが多い。苔むしていたり、風雨で顔が削られてディテールがわからなくなっていたり、かなり昔に作られたようだ(もしかすると千年ぐらい前?)。学術的研究対象にもなったことがあるそうだ。渋谷と原宿の間は年50回は通っていたが、過去にタイムスリップしてしまうような場所があるなんてことは、ずっと知らなかった。知ってからも、墓場に踏み込むのはなぜか3年ほど躊躇していた。夜に来たら相当怖いと思うが、門は閉まっているのでよじ登らないように。

 墓場の最深部には、古い六地蔵が並んでいる(こちらが本体かっ!)。墓場の一番奥、しかも裏鬼門の方角に六地蔵を安置とか、かなり意味ありげ。奥の六地蔵から見て墓地の対角線上、つまり鬼門の方角には、門脇の六地蔵がある。もしかすると計12体の地蔵菩薩で墓地に何か封じこめているのかもしれないっっ、、、とマンガやアニメなら話が急展開する場面。封じ込められ居るのは古の姫君の怨念が宿る「魔鏡」がちょうとよいと思う。

 長泉寺には、さらに隠された伝説(魔鏡にちょっと絡む)があったりする。話が長くなるので、また改めて。
 

明治通りの象 buddha image warmed to body temperature



渋谷には象がいる。なまめかしい観音様と。

 宮益坂には狼がいるが、明治通りには象が居たりする。
それも明治通りに直面して、しかも渋谷~原宿間。そのちょうど真ん中あたりにお寺が一つあるのだけれど、門の石柱の上に象が一匹づつ、ちょんと乗っかっている。シンプルで直線的な造形の、ちょっとアールデコっぽい象さん。高いところにさりげなくあるので、気づきにくい。土日は相当な数の人がその前を行き来しているけれど、象さんに気が付いて写真撮ったりしている人は見かけたことがない(わざわざ写真にとるほどじゃないか)。


 象さんの門を入ると右手に六地蔵がある。多少不謹慎な言い方だけど、門の影に隠れて影薄い感じ。六地蔵は渋谷にはポツポツあるが、ここお地蔵様はマイルドかつオーディナリー。
 むしろ注目すべきは、六地蔵の前にいる石の招き猫。これが造形的になかなかイイ!張子や陶器の招き猫にはない力強さがある。江戸時代ぐらいの作だろうか。全国の猫好きは、この石猫を見ずして、猫好きを名乗ってはいけないのではないかと言えなくはないだろう石招き猫の額にコインを乗せておくといつのまにかなくなっており すると不思議と商売繁盛千客万来なんだそうだ、、、と無責任に言っておこうと思ったら、写真撮りに行ったら5円玉が本当に額に置いてあった!

 まっすぐ伸びた参道の突き当りにお寺の本堂がある。いまどきの都会の寺のように鉄筋コンクリート3階建てではなく、ちゃんと木造で唐様の窓付き。瓦屋根も大きくて立派、庇の下にも木彫りの象もいる。こちらは葛飾北斎の象みたい。

 こちらのお寺さんは、長泉寺といって創建は11世紀(要するに千年前)という歴史ある由緒正しいお寺。本尊は釈迦如来だが、渋谷金王丸ゆかりの「人肌観音」が有名。円山町のホテル街に安置したいような艶かしい観音様だけど、実際はかなり勇ましい観音様らしい(詳しくはこちら)。金王丸は金剛明王の化身と敵から恐れられていたんので、金王丸が寵愛していた若衆を神格化する必要が生じた結果の伝説ではないだろうか、などともっともらしい説を言ってみたり。

 本堂の中
は格天井でかなり立派。天井が高いので広々していて、
ここで葬式をしてもらいたい気になってしまうぐらい。本堂の中を特別料金で海外からの観光客に見せたら、本堂の維持費ぐらい簡単に賄えるのではないでしょうか、御住職様。渋谷観光ビューローは是非ここを観光コースに加えてほしい。ただしムスリムの人にはお薦めできないけど。

と、ここまでは観光スポットの案内に終わっているのだけれど、これで終わらないのが古いお寺らしいところ。(後編に続く)