渋谷暗黒巡礼 Dark Pilgrimage in Shibuya

見ようとしても誰にも見えない渋谷、見えてるのに誰も見ようともしない渋谷

October 2014

渋谷派書道家 Zen monks on the street


渋谷には書道家が沢山いる。

 書の道と書いて「書道」なのだが、
渋谷の書道は漢文風に間にレ点が入り、「道に書く」と書いて「書道」と読む。早い話がグラフィティ。世間では単に「落書き」とも呼ばれている。

グラフィティは本場米国では80年代がピーク。その頃、来日したキースへリングがキラー通りの旧オンサンデーズの壁面に描いたものが今も残っている。実際に東京でストリートに展開されるのには時間がかかった。東京では90年代後半から増えたと思う。井上三太さんがグラフィチマンガを描き、天明屋尚さん漢字グラフィティを書いたのが今世紀初頭。東京ではそのがピークだったと思うが、その後も地道に続いている。最近の渋谷では駅周辺開発の始動やスポットの建替え増に伴って、キャンパスとなる壁面や仮囲いが増加したので、目にする機会が前より増えた。

 ここ半年、渋谷の壁面という壁面を毎週見てまわって
500作品以上鑑賞した。数百の作品みると、門外漢でもそれなりに上手い下手がかるようになってきた。やっぱり上手い作品はグラフィティでも書道でも共通したものがあると思う。勢いがあって、筆運びに迷いがなく、のびのびと書かれた作品にはぐっときてしまう。

グラフィティの中でも書道に近いのはタギング(単色の線だけで書いたグラフィティ、というか参上の署名)。草書が主流なんだけど、楷書行書もときどきあるし、篆書だってある。上手い人のタギングは禅僧の墨跡に見えてくる。
 例えば、習練を重ねたにちがいない、鮮やかな筆脈が夢窓疎石思わせるものもある。即非如一のように、激しい動きで線がかすれてしまっているのもクール。一山一寧の草書みたいに、張りのある細い線で動きのあるのも悪くない。慈雲飲光みたな縦書きの一行書も発見した。仙崖義梵円相みたいな連作もある。
 渋谷では常連の書道家の作品は、どこの壁で見かけても寸分違わぬ完成度を保っている。短時間に一気に書き上げても形も崩れないようになるには、どれだけ練習を積んだんだろう。

 落書き禁止の看板に追い立てられようが、ペンキで消されようが、
器物損壊で罰せられると脅かされようが、新作は毎週発表され続けている。刑法に触れる行為はお薦めはできないが、その意欲と継続力には見習うべきものがあると思ったりする。不言実行、日々精進、刻苦勉励、一期一会、、、なんか禅の修行にも通じるところ多々なり。 

渋谷のライフル乱射魔 Guns & Shibuya





渋谷でライフルが百発以上、乱射されたことがある。

 その事件がフジテレビの「奇跡体験!アンビリーバボー」で特集されるみたいなので、先に書いておこう 来年で戦後70年になる。70年の間に渋谷で起こった大事件を三つあげろと言われたら、「東電OL殺人事件」「渋谷事件」と「少年ライフル魔事件」だと思う。少年ライフル魔事件では、渋谷で西部劇のような銃撃戦が展開されて、一般人を含む16人が負傷したそうだ。渋谷事件はギャング映画、東電OL殺人はミステリー小説と、渋谷の殺人事件はバラエティーに富んでいる。


 事件の詳細は番組かウィキペディアを見ていただくとして、個人的に気になったのは、渋谷になぜ銃砲店があったのか、というところ。
 山が近い町ならわかるけど、なぜ猟師もいないような渋谷なんかで鉄砲を売っていたんだろう。猟師向けというよりも狩猟かライフル射撃を趣味にしている人がいたってことだ。犯人は渋谷に銃砲店があることを知っていたのは、親戚か誰かが狩猟を趣味にしていたんだろう。
 狩猟や射撃をやる人が渋谷周辺にいた理由として考えられるのは、戦前の渋谷は大部分を帝国陸軍が占有していて、軍人が沢山いたこと。軍人さんなんだから射撃の練習はみんなやっていたはず。射撃の面白さを一度知ると戦争が終わっても、銃を触りたくなるんじゃないかな。あの破壊的な快感は依存性がありそう。渋谷にはベースとなる顧客がいたので銃砲店が成り立ったのだろう。松濤生まれの麻生さんもライフル射撃やるし。

 実は渋谷には今でもライフルを売っている。公園通りのパルコ前交差点から東に坂を下がったところに道に面して「渋谷銃砲火薬店」がある。前面はガラス張りで中が見える。のぞくとライフルや弾丸が並べてあるのがわかる。もちろん本物。狩猟といえば最近はジビエ、ジビエで盛り上がっているが、ジビエ料理を食べている人はライフルは人を殺せるということはすっかり忘れている。でないと美味しく食べられないだろうから。
 渋谷銃砲火薬店は、犯人が立てこもった「ロイヤル銃砲店」が陰惨な事件の後、名前を変えて続けているのかもしれない。ロイヤル銃砲店は「北谷町(今のBEAMS TOKYOの周辺」にあったそうだから、渋谷銃砲火薬店の場所とほぼ一致する。もし同じ店なら番組でお店の人にインタビューがあったりするかもしれない。

 

 

渋谷九龍城 Shibuya kowloon



渋谷にもう一つ城があるのを忘れていた。
 東の渋谷城、神宮前のシャトーの2つに加えて、渋谷九龍城がある。あるというか、見ようと思えばそう見えるので、勝手にネーミングしているだけだけれど。

 渋谷川は渋谷駅以北は地下(暗渠)を流れていて、地上は遊歩道(キャットストリート)になっている。渋谷駅から南は地上(掘割り)を流れていて、蓋はされていない。地上を流れているとはいえ、目黒川のように両岸が桜の並木道になっているわけでもないし、まして親水護岸でママとベビーがきゃわきゃわ言っているわけではない。どっちかっつーと、いやはっきり言っても、コンクリート製の巨大な排水溝(普段はほとんど水はなく、大雨のときに使うらしい)。
 そっけないコンクリート製なのは、東京の川ならしかたない話。駅南の渋谷川の問題は、明治通りと東急東横線高架に挟まれていること。狭いところでは岸からそれぞれ5mぐらいしかない。幅の狭いベルト地帯にみっちり建物が建っている。明治通り側は十数階建てのビル(奥行5mのエンピツビル)、東横線側は2-3階建ての小さな建物が密集している。(もう過去形になりつつあるけど)

 渋谷川にかかる橋から眺めると、ちょうどビルの裏側がずらーっと並んでいる。ビル一本一本の幅も狭いので、香港にあった九龍城のミチュアにみたいに見える。本物の九龍城は細いビルが密集してできていて、足元の路地はクノッソスの迷宮状態で、一旦入り込んだら二度と戻ってこられないという都市伝説があった。それに比べると渋谷九龍は「城」というよりも「砦」の壁。明治通り側から見るとすっきり感と裏側のぐちゃぐちゃ感との落差は、香港九龍城にはない風情。渋谷九龍砦のテナントは飲食店が主力で、穴場的な店も見つかったりする。大半はホッピーを置いてそうなリーゾナボーな店。JRAが近くにあるので、たぶん競馬で負けた人の憂さ晴らし用だと思う。ちょっと高級な穴場店は勝った人用か。
 一方、渋谷川の右岸には建物と東横線高架の間に薄暗い細い路地が続いていて、小さなお店が窮屈そうに建ち並んでいた。秘密のクラブでもありそうなアンダーグラウンドな感じが面白かった。いまは東横線の地下化で、高架がほぼ取り壊されて、あたりはすっかり明るくなってしまった。高架跡地は代官山に続く健全な遊歩道にする計画らしい。川沿いの小さなお店も取り壊されるようでテナントの撤退が進んでいる。

 渋谷九龍城も裏路地も渋谷駅周辺開発の
エリア(渋谷駅南街区)に含まれている。東横線ホームのあたりは高層オフィスビル(地上32階、高さ170m)になり、下の方はホテルや商業施設になるそうだ。渋谷川も清水復活させて川沿いを親水空間()にする計画。川の上は一部に蓋をしてその上を歩行者空間にしたいようだ。ここは渋谷駅周辺開発でも一番先行している地区で、オリンピックまでに開業する予定。九龍の壁も二か所ほど取り壊しが始まった。これから龍の牙が、一本一本抜けていくんだろうな。