渋谷暗黒巡礼 Dark Pilgrimage in Shibuya

見ようとしても誰にも見えない渋谷、見えてるのに誰も見ようともしない渋谷

July 2015

国道に架ける橋 The Bridge over the Route 246


246に橋が架かる。

渋谷区都市計画課の積年の南北問題というのが、二つある。一つは、新宿駅の甲州街道による南北分断、もう一つが246による渋谷駅の南北分断。どちらも駅横の国道によって駅前とその南側地域との人の流れが分断されている。国道の南側に埼京線ホームと南口があるのに、南口付近は町としてはいまいちに賑わっていないのも共通した問題だった。

新宿駅の方は、南口地区の再開発が先行して、90年代のうちに高層ビルや百貨店が出来た上に、来年には線路上の人工地盤にバスターミナルとペデストリアンデッキ(歩行者デッキ)が出来上がる。これで山手線東西の行き来がしやすくなる、んだけれど、甲州街道を越えて新宿駅本体とはつなげられない。
東西ばっかりつながって、南北はあいかわらず分断って、どっかの半島みたいだが、甲州街道が渋谷区と新宿区の区境になっているので、両区の都市計画課は、南北間デッキ整備を互いに押し付け合い続けているわけ。

渋谷駅の方は、渋谷区内の問題なのに、246の南北をつなぐのは、いまどき歩道橋だけ。1日に何百万人が乗り降りする世界屈指の駅の南側でありながら、駅裏感が漂ってくる。
今年、駅の南側の再開発が動き出して、南北横断がやっと実現することになった。山手線内側、渋谷川沿いの再開発の一環で、東口広場とペデストリアンデッキでつながる。

でも、246の上に幅の広いデッキを渡すのは、簡単じゃない。渋谷区が長らく手を付けられなかったのも、その辺の事情があったのだろう。
24時間、車が行きかっている上で工事をするのは、かなりな難題。田舎の国道ならともかく、工事のために246を何か月も通行禁止にするわけにはいかない。あそこが通れないとなると、迂回のしようがない。工場でデッキを作って、あそこまで運んで、クレーンで釣り上げて、一気に架けるという手もあるが、246の上には高速道路があるし、すぐ脇はJRの線路。やっぱり簡単じゃない。
いずれにせよ、時間とお金のかかる工事になってしまって、どっかの競技場みたく五輪に間に合わなくなるんじゃないか、と思っていたら、ナイスなアイデアでデッキを架けるらしい。

246の上には、かつて東急東横線が通っていたので、この1年ほど、ずっとホームと線路の撤去工事が続いていた。昨年末には、ホームもすっかりなくなったのだけど、246の上の鉄橋部分だけは、太い鉄骨が残されていた。
鉄骨をつり下ろすために、246を通行止めにする時期をはかっているのかな、と思っていたが、いつまでたっても外される様子がない。
半年たっても、そのまんまで変だなと思っていたら、この鉄橋は、そのまま使ってペデストリアンデッキに作り替えてしまう計画だそうだ。上手いこと考えたなー。まぁ、良く考えると、東横線渋谷駅ホームは246の上まで伸びていたんだから、電車だけでなく、人も歩いて246を渡っていたんだよな。有料だけど。

鉄橋は、こうして目には見えない東横線遺産として残されることになったわけだが、2020年には、初老の鉄ちゃんがしみじみした表情をしながら、デッキの上を歩いているかもしれない。旧東横線ファンの皆さん、ここを東横線の聖地として「東横線渋谷駅跡」の記念碑をデッキの上に設置する運動を展開しては、どうでしょうか。台座の上には旧車両の車輪、というのが定番ですかね。




狐憑き 15th CENTURY FOX



渋谷
には齢500歳の狐がいる。

東京には昔からお稲荷さんが多い。江戸時代には、江戸でよく見かけるものといえば「伊勢屋、稲荷に犬の糞」と言われたぐらい。
江戸が作られ、幕府が移った際に、なぜか伊勢から商人が多数移住したらしい。お店の屋号をみんな「伊勢屋」にしたので、そこらじゅうにあったそうだ。で、商売繁盛を祈願して、これまたそこらじゅうに稲荷神社を建てた。その上、初期の江戸は整備がまだまだだったので、治安も悪かった。なのでお店では用心に犬を飼っているところが多かった。で、道には糞、糞、糞だったとことらしい。

渋谷には、地図に載っている稲荷神社が
ヶ所ある。千代田稲荷、大山稲荷、玉造稲荷、豊栄稲荷、北谷稲荷の5つ。
この中で、古くから渋谷を守護してきたのは、玉造稲荷、豊栄稲荷、大山神社の3つ。
千代田稲荷と北谷稲荷は余所から移ってきた神社だ。

玉造稲荷は、金王八幡の境内にあって、鎌倉時代に渋谷氏によって創建され
たもの。「玉造」なので、金を造るに転じて、商売繁盛のパワースポットだとかないとか。
豊栄神社は、もともと渋谷駅付近にあった田中稲荷(渋谷氏創建)と、道玄坂にあった豊澤稲荷を金王八幡の向かいに移転、合祀したもの。
大山神社は、上渋谷村の村名主の祖先が15世紀にこの地に移住してきたときに建てたもので、「村の鎮守」だったそうだ。鎮守さまなのに地元地名じゃなくて「大山」と名付けられたのは、大山参りと関係があるのかもしれない。先の3社も、江戸方面から玉造、田中、豊澤の順に大山道沿いにあったのだから、あながち無関係ではないと思う。

稲荷のメッカ江戸でも、江戸時代以前から地元の神として祀られてきた歴史のある稲荷は限られるだろう。全国の稲荷ファン、キツネ好き及び、狐憑きの人は、ぜひ一度お参り下さい。稲荷詣のマストアイテムは、メゾン・キツネのポロシャツですね。

残り2つ、江戸の始まりと終わりに関係の深い千代田稲荷と、実は渋谷の隠れたパワースポット北谷稲荷は、少し由来や性格が異なるので、また別に。

鏡の井戸 room full of mirrors



昔々、渋谷に「鏡の井戸」と呼ばれる井戸があった。

明治通りに面した長泉寺の境内、今では駐車場に使われているあたりにあったらしい。「鏡」と言うぐらいだから、浅い井戸で、上から覗くと水面が鏡のように空を映していたんだろう。

江戸時代、長泉寺の辺りに安芸広島藩浅野家のお屋敷だったそうで、二代藩主光晟の正室、自昌院が別邸として使っていた。自昌院は三代藩主綱晟の母だが、他にも二人の息子と、市姫、亀姫、久姫という三人の娘がいた。三人のお姫さまうちの誰のことかは、伝わっていないが、そのうち一人は、かなりブサイクだったらしい。
どのくらいブサかったかと言うと、鏡で自分で自分の顔を見て、ウンザリするぐらい。昔の鏡というのは、金属を磨いて顔が映るようにしたものだから、今の鏡に比べるとくっきり映らなかった。にもかかわらず、はっきりとブサイクとわかったんだから、相当なもの。毎朝、鏡の中の自分を見ては、鬱々していたであろうお姫様は、ある日、鏡を井戸投げ入れてしまった。これでもう自分の顔を見ずに済むと思ったんだろう。
伝わっている話では、この続きは意外にあっさりしている。何日かしてお姫さまは井戸をのぞきこんだが、そこには、井戸の底に映ったあいかわらずブサイクな自分の顔。その後、お姫さまは気を取り直して、心優しい人になろうと決意した。。。という美しいオチになっている。

なんかさー、この話って昔話としての何かが欠落している気がする。
ブサイクすぎて鏡を見たくなくなるのは、わかる。鏡を井戸に投げ込みたくなるのも、わかる。でも、なぜ、鏡を投げ込んだ井戸をのぞきにいったのだろう?そこが、この物語の鍵だと思う。鏡を井戸に投げ込めば、美しくなれると思ったのだったら、自分の顔がどうなったか井戸に見に行ったのもわかる。でも、それなら鏡を投げ入れたりするだろか。それより、鏡を人肌観音にお供えして祈願したら、あら不思議、、、という方が昔話としては自然。

彼女にとって鏡は、「お姫さまは美しい(はず)」という社会的圧力の象徴だったんだと思う。
それに耐えきれなくなった彼女は、鏡を捨てた。自分の顔を見なくて済むようになって、一時、気が晴れたのかもしれない。すると、前よりは人の目が気にならなくなって、なんとなく自分の顔が変わったような気もするようになる。それで、井戸に顔を映して確かめてみようと思ったのかもしれない。

しかし、井戸の底に映ったのは、あいかわらずのブサイクな顔だった。
自分の顔を見ないようにしたところで、「美しいお姫さま」を強要する現実には、まったく変わりがなかった。ここで彼女は、自分が井戸に投げ込みたかったのは、「ブサイク」ではなくて「お姫さま」の方だったことに気が付いたんじゃないか。お姫さまであるがゆえに、普通の女の子のように、ブサイクならブサイクなりの生き方を選択できるわけもなく、お姫さまであるかぎり、彼女を日々鬱屈させる「美しいお姫さま」という拘束衣を脱ぐことはできない。現実に目を背ける限り、現実は変わることはない。彼女は、それに気づいた。

じゃぁ、どうすればいいのか?
整形手術でもしない限り美しさは手に入らない、お姫さまであることは宿命として受け入れるしかない。なら、「美しい」お姫さまではなくて、別の形容詞のお姫さまを目指せばいい。
本来のお姫さまは、やがてどこかの藩主の正室となり、藩の治世をサポートする立場、ファーストレディーになる。政治上、ときに強権的にならざるをえない藩主から家臣の忠誠や庶民の人心が離れないように、ファーストレディーは慈母観音的な役割を果たすことも求められる。「お姫さま」は、ティーンズ限定のポジションでしかない。将来の「正室」という役割を果たすことを自分の目標とすれば、「美しさ」は不可欠な要素ではなくなる。それにかわって、人を見守り、励まし、癒すような、一言でいうと「心優しい」という要素が大切になる。

と、ここまで読者側が想像をライザップしなければ、「気を取り直して、心優しい人になろうと決意した」という結末につながらない。ここで、この物語から得られる教訓は2つある。
一つは、「現実を正視して、受け入れない限り、現実を変えることはできない。」、もう一つは、「将来を見据えれば、世の中での自分の役割、そして今、何をすればいいいかが見えてくる。」
あー、来月から大企業の採用活動が始まるけど、社会人になる前に考えておかなくちゃいけないことだな、二つとも。

地元に伝わる逸話は、どっちかというとアンハッピーな結末にしておいた方が、伝説的な物語に発展する。この話も、お姫様が自分が美しくなっていないことがわかって、井戸に身を投げてしまう、、、というオチだったら、ぜんぜん違う伝わり方をしただろう。
模図かずお的怨念伝説として、渋谷じゃ誰でも知っている昔話になったかも。

ところで、市姫、亀姫、久姫の中で、ブサイクだったのは、誰だったんだろう。そこが一番の謎だ。

東京バベルII the hanging gardens of Shibuya




渋谷駅上空230mに空中庭園ができる。

  東急、JR、メトロの渋谷3強が、超高層駅ビル屋上に
空中庭園を造る計画を発表した。もともとの計画にはなかった話で、オリンピック誘致に成功後、ハチ公前広場にあふれかえる外国人観光客を呼び込むために、計画を見直したようだ。東急プラザおもはらの森で屋上庭園の集客力に自信を持った東急あたりが計画変更を主導したのかもしれない。バベルの空中庭園の時代から、覇者となった者はパラダイスのような空中庭園を造りたくなるらしい。オリンピックに間に合うよう2019年度中(つまり2020年3月末まで)に開業予定。
 最上階46階と45階は、屋内展望施設にして、そこから屋外エスカレータと屋外階段で屋上に登れるようにする。上がるときに下が見えるはずだから、結構怖いだろう。この仕掛けは、バブル期ポストモダン建築の金字塔、原広司設計
「梅田スカイビル」の空中エスカレーターへのリコメンドというか、パクリなのかもしれない。あれはガラスチューブの中をエスカレータで上るのだが、それなりに怖い。

 かつての渋谷の覇者、西武も3強が計画発表する3日前に、
渋谷パルコの建て替え案を公表した。20階建て地上100mの高層ビルになる。こちらは渋谷駅ビルに先駆けて、2019年9月開業を目指す(意地?)。
 こちらも中高層部分に屋上庭園を設ける計画。パースを見る限り、地上からビルの外側をぐるぐると屋上庭園まで登れるようになっているようだ。 ちょと、あの有名な
バベルの塔の絵に似ていなくもなくはない。

 聖書に出てくるバベルの塔は、神の逆鱗に触れて、神の鉄槌で粉々にされてしまう。その上、神は人の言葉を多様化させて、人類を世界中に分散させたことになっている。逆に渋谷のバベルの塔には、世界中から多様な言語の人達が集まってくることになる。そのころには、渋谷のIT企業が高性能の多言語通訳アプリを提供するだろうから、渋谷は本当にバビロン化しているかもしれない。

 一つだけ危惧されるのは、駅上空中庭園のネーミング。渋谷は、スペイン坂とかバスケットボールストリートとか、 恥ずかしいネーミングをやらかしてしまう傾向があるから。間違っても、「渋谷ラピュタ」なんて名前にしないでほしい。バルス!されたら大変だし。


 

口紅地蔵 the sexy buddha for LGBT in Shibuya



渋谷には口紅をつけたお地蔵様がいる。

それもピンク色のリップ。綺麗で大きい花束がいつも供えられていて美しい。信心している人も結構いるようで、朝、熱心にお祈りしている人をよく見かける。

色っぽいお地蔵様だけど、300年前(一説に1626年とも)に建てられた歴史ある石仏らしい。二度の火災で焼け崩れたが、バラバラになったのを固めたものが、今のお地蔵様の中に封じられているそうだ。

元々は大山道沿いにあったのを、当時花街だった円山町に移設してから道玄坂地蔵と呼ばれるようになった。きっと色っぽくなったのは、そのせいだろう。現在地は、円山町では唯一、今でも花街だったころの面影を残す一角で、お地蔵様は料亭の敷地内に立っているし、向い側も料亭だ。

花街には、お地蔵様が欠かせない(water children, R.I.P)ことも、ここにある理由かも。きっと芸者さん達も拝んでいたに違いない、と考えるとピンクのリップも納得がいく。例の東電OLも夜、お地蔵様の前で立ちんぼをしていたのが目撃されているのは、なんとも因縁を感じさせなくもないと思わなくもない。

こんな風に考えると、ちょっと暗い印象になってしまうから、これからは芸事にご利益のあるお地蔵様ということにするのを提案します!芸者さん達が拝んでいたんだから、三味線やら踊りやら歌やら、上手くなるご利益も期待したい。渋谷には音楽やダンスのスクールが沢山あるし、近くには
ライブハウスクラブがいくつもあるし、渋谷区的にはイメージアップになるのでは。

よく考えると、地蔵菩薩は一応男子なので、このお地蔵様は、実はお姉ぇだったということになる。きっと同性の恋愛にご利益があるにちがいない。お姉ぇの人は、ゲイ達者で現代のゲイ者と言えるしね。渋谷区が同性愛カップルに寛容になったのは、道玄坂地蔵のご利益に違いない。
ということで、コスメ業界をスポンサーに道玄坂地蔵を国際的に売り出してはいかがでしょう、渋谷区長殿。