渋谷暗黒巡礼 Dark Pilgrimage in Shibuya

見ようとしても誰にも見えない渋谷、見えてるのに誰も見ようともしない渋谷

August 2016

渋谷フィギュア伝説(後編) BOUNTY HUNTER



90年代後半、渋谷はフィギュア購入層を新たな方向に広げた。

1995
年に裏原宿(死語)にバウンティー・ハンターが開店。文化服装学園でUNDER COVERのデザイナーの1年先輩だったひかるさんが開業したパンクロック系ファッション雑貨店だったが、オリジナルのフィギュアを出したら大ヒット。その後もオリジナルフィギュアは販売即日完売が続いた。ストリート・ファッションからフィギュアへのアプローチの代表例。悪い子向けフィギュアという新ジャンルを確立したことは、玩具史上特筆もの。

1996
年にメディコム・トイが設立され、直営店「プロジェクト1/6」が渋谷無国籍通りに開店した。(その後、現在の神山通りに移転)社長の赤司さんは、渋谷育ちで、原宿キディーランドがその原点。渋谷のIT企業に勤務しながら無理やりトイ事業部を起業(それ以前に、個人的にトイショップを恵比寿に開店している)。まさに渋谷からフィギュアへのアプローチ。設立当初は昭和日本特撮モノのアクションフィギュアでブレイク。2000年にキューブリック、2001年にベアブリックをリリースし、国際的ヒット。フィギュアにおける「1枚だけ来てもおしゃれなTシャツ」的存在を生み出した功績は、業界史に残ると思う。
創立20周年の今年6月には、新店舗が表参道ヒルズ開店。余りの混雑にオープン当初は、数日間入場制限が続いた。東京ソラマチにも出店しているが、観光客を呼び込めるキーテナントという位置付けなんだろうな。

世紀末当時は、ストリート系のフィギュアは、集めていてもオタクとは思われない(つまり、リア充の趣味の範疇)ということに(表向きは)なっていた。実際のところは、オタクの殿堂まんだらげのフィギュアコーナーに「裏原系」という分類があったぐらいだから、ヲタク受けもしていたんだと思う。
そして今世紀に入り、スターウォーズシリーズの再開、スパイダーマンの映画化も手伝って、フィギュアショップ開業にも新しい動きが起った。

2002
年に原宿(明治通り沿い)にUSキャラクタートイの専門店「ブリスター」が開店。2005年には渋谷(公園通り沿い)のビル3フロアを使って拡大移転。USに限定せず内外のキャラクター全般を扱うキャラクターメガストアを目指した。品揃えが広く浅くなってコアな客層に逃げられたのか、ビルの賃料に耐えかねたのか、(そのために)他店より高めの価格設定とシツコイ(圧迫?)接客が祟ったのか、2008年に原宿(旧裏原)へ再移転したが、2010年には敢え無く浜町へ縮小移転(通販メイン)。2013年に秋葉原中心部に移転し現在に至る。
渋谷からブリスターが撤退した当時、渋谷はもはやサブカルの街でなくなったのでは、と心配する声もあったが、そうはならなかったなかった。

2011
年には、香港のフィギュアメーカー「ホットトイズ」のフラッグシップショップ「トイ・サピエンス」が原宿(奥原?)オープン。開店時の取材に対し、香港本社のチャン社長は「東京はアジアのトイ・フィギュアビジネスでも重要な場所。」とヨイショしていたが、日本法人のデュボア社長は「(原宿は)フィギュアカルチャーの発信地でもあるが、最近は停滞してきているので、当店から21世紀のフィギュア文化を発信できれば」と鋭い指摘もあった。

フィギュア業界は、ベースになるコミックや映画のヒット作が供給されないと新商品展開も滞ってしまう。しかし現在、アメコミの映画化が2020年までに30本近く予定(公開中を含めマーベル系20本、DC系8本、他にも企画あり)されているので、アメコミ系のフィギュアに関しては、当面は新作リリースに事欠かないだろう。その上、STAR WARSもまだ続くし。。。どっちかというとコレクターの方が大変になるかもしれない(貯金しとけよー) 。
今年(2016年)5月には、トイ・サピエンス内に「MARVEL 原宿ポップアップストア」が限定オープン。6月には、マーベルコミックスのファンサイト「Marvel Database(マーベル・データベース)」の日本版開設を記念して、渋谷ヒカリエにファンのリアル・コミュニティースペース「MARVEL FANS CONNECT」が期間限定オープン。結局なんだかんだで、アメコミ側も、(秋葉原や池袋でなくて)渋谷方面への攻勢を強めている。

一方、フィギュアの隣接分野であるキャラクター商品でも、昨年あたりから、渋谷・原宿でいろいろ動きがあるようだ。(番外編につづく・・・)





 

渋谷フィギュア伝説(前編) Monster Japan



渋谷周辺は、フィギュア専門店が意外と集まっている。

原宿の人形館の主スーパー・ドルフィーは、「ドール・フィギュア」という中間的位置付けなのだが、いわゆる「フィギュア」を扱うショップも渋谷周辺にはそれなりにある。フィギュアというと秋葉原あたりで売っているイメージがあるが、渋谷周辺のショップは、非アキバ系というか、ある意味渋谷的というか、ある種の共通性がある。何を三次元化したかでフィギュアを分けるとするなら、渋谷周辺のフィギュアショップは、日本のマンガ・アニメのキャラクターを主力にしていないのが共通点。そっち系のフィギュアを扱っているのは、まんだらげ渋谷店ぐらい。

渋谷周辺にフィギュアショップが成立するようになった背景は、USA古着屋が集まっていたことだと思う。

USA古着を取り扱うユーズド・ショップが、原宿に1970年代からできはじめ、店頭には、ちょっとした小物としてアメコミ関連のトイ・フィギュアも並んでいた。ミッドセンチュリーのキャラものもは定番で、古典カートゥーンのミッキーやベティ・ブーブはもちろん、アメコミ系のバッドマンやスパイダーマンのフィギュアもよく飾られていた。当時から営業を続けている老舗古着店「banana boart」の外壁には、レトロタッチなスパイダーマンのペイントが今も残っている。
90年代には渋谷界隈には相当な数のユーズドショップがあった。古着好きが集まるエリアだったから、おのず、アメコミ関係のフィギュアのニーズもあったんだと思う。

USA
古着屋が原宿にできはじめたのと同時期、1975年に恵比寿にUSトイ・フィギュアを扱うホビーショップ「ミスタークラフト」がオープンしている。ビルの1階から5階まで、おもちゃやプラモデルで埋め尽くされた大型店(もしかすると原宿キディランドより広い?)であったが、残念ながら2008年に倒産し閉店

1992年には、ミスタークラフトの近所にUSトイ・フィギュアの専門店「モンスタージャパン」が開業。こちらは、現在も同所で元気に営業中。
90年代半ばには、インポートトイ・ショップ「フリップフロップ」も恵比寿に開店。この店は、渋谷のフィキュア・メーカー「メディコム・トイ」(後述)の赤司社長が、同社設立以前に、会社に勤務する傍ら個人的に開業していた伝説のお店(その当時の店の常連さんが、後にメディコム・トイの中枢メンバーになった。)。
これらの店と関係があったのかどうかわからないが、2003年まで恵比寿では、アンティークトイの即売会「エビス・トイ・バザー」が年3回開かれていた。

90
年代の恵比寿は、実はインポート系トイの聖地だったのかもしれない。当時、ミスター・クラフトにもちょくちょく行っていたが、ぜんぜん気付かなかったけど。(ちなみに、コップのふち子のメーカーで知られる奇譚クラブ2012年に恵比寿に本社を移転している。)
その後、90年代後半には、渋谷周辺ではフィギュア購入層が新たな方向へと広がっていく。。。(後編に続く)






球体間接人形の館 Et Dukkehjem



原宿には、球体関節人形の棲む館がある。

「住んでいる」じゃなくて、まさに「棲んでいる」という雰囲気。その館の地下では、球体関節人形に霊魂か、聖霊か、プネウマか、何かそのようなものを天から降臨させて、人形を息づかせる儀式が執り行われているらしい。
館は、古風な洋館風ではないが、列柱や出窓といった洋館モチーフは使いつつ、曲線を多用したアールヌーボー調のデザイン。ガウディの建築ほどぐねぐねではないが、周囲の建物とは、十二分に違和感がある。というのも、ここは90年代、ピンクハウスの関連ブランドの本店として建設された。世紀末にはブランドは撤退し、建物ごと「For Rent」となった。雰囲気過剰というか、癖の強いデザインのためか、その後、なかなか借り手がつかなかったが、いつの間にか、球体関節人形の館になっていた。雰囲気がそれらしすぎて、以前を知らない人が見たら、最初から人形のために設計されたんだと思うかもしれない。

館の主は、模型・フィギュアメーカー()ボークス。ここは、同社の球体関節フィギア「スーパードルフィー」の専門ショップ「天使の窓」。ここは2012年開店だが、この建物に入居する以前は、斜め向かいのビルで営業していた。
同社は、京都今出川のプラモデル屋さんをルーツにするガレージキットメーカーだったが、女性をターゲットにした新商品として、球体関節型ドールフィギュア「ドルフィー」を1997年開発。スーパードルフィーは、その後続商品として1998年に発売開始。当初はフィギュアと同じように受注生産のような形で売られていたそうだ。

その後、女性向け商品として独自の販売戦略を展開する。一般流通は避け、スーパードルフィー専門ショールームを全国展開し、同社ショールームか同社イベントでのみ販売。スーパードルフィーは単なる人形ではなく、購入者(オーナー)の人格(魂?)を反映する特別な存在(もう一人の自分?)という世界観を設定。商品探しは「出会い」、購入は「お迎え」、塗装は「メイク」と言い換えるなど、接客面でも世界観を表現するなど、具体的戦術を徹底。その結果、全国各地にショールームを開業するまでに成長した。

やがて、スピリチュアルというかオカルトというか、顧客の精神的価値観に訴求する方向に力が入りすぎて、一時は、販売戦略という域を超えて、布教活動の領域に踏み込んでしまったようだ。一部顧客から「霊感商法」疑惑が持ち上がったこともあるらしい。時期的には、同社がローゼンメイデン薔薇乙女各種をコラボレーションモデルとして限定生産していた頃と重なっており、全国的な球体関節人形ブームを追い風に勢いづいて、ブレーキが効かなかったのかもしれない。
いまでは、騒ぎはすっかりおさまっているようだが、原宿の人形の館の地下1階には「天使の窓・降臨台」なる場所が設けられており、購入=お迎えのセレモニーは続けられている。

ボークス社は、フィギュア、ホビーのショールーム(まるごとビル1棟)を秋葉原に構えているが、原宿にもフィギュアショップがないわけではない。渋谷や恵比寿にも点々とあるが、秋葉原界隈のショップとは、多少傾向が違うようだ。(つづく)




 

原宿人形愛 Rozen Maiden



原宿は、日本の人形作家のメッカだ。

松涛の洋館にお住まいのローゼン麻生閣下、ご自宅のお庭には、薔薇が咲いていそうだが、きっと応接間には、由緒あるアンティークドールが飾られているに違いない(勝手な妄想)。ローゼンメイデンを実写化(2.5次元化?)するなら、是非ロケは麻生邸でお願いしたいが、人形師ローゼン役には、この人と思う人形作家がいる。

それは、四谷シモンさん。人形作家として1960年代から活躍しているが、NHK大河ドラマにも出演していた俳優でもある。
子供の頃は川崎ブッペ('50年代に活躍したフランス人形作家)が大好きだったが、二十歳の頃にハンス・ベルメールの球体関節人形に衝撃を受けて作風を変えたそうだ。同じころ、画家の金子國義さんと知り合ったそうで、二人の作品にはよく似た感じ男の子()が登場する。
その後、金子國義さんに唐十郎さんを紹介され、唐さんの「状況劇場」(日本演劇史の伝説的地下劇団)に出演することになり、そこから俳優として活躍が始まる。そのとき芸名として「四谷シモン」と初めて名乗ったそうだ。

四谷シモンさんは、渋谷・原宿と縁の深い人だ。
小さなころは根津のあたりにお住まいだったようだが、中学生のときに渋谷区立外苑前中学(竹下通りの裏手)に転校してきている。同じ頃、西麻布にあった川崎ブッペさんのアトリエを初めて訪ねている。中学卒業後、自由が丘のすし屋でバイトしながら、人形制作を始める。若干15歳で作った人形は自由が丘の洋品店に置いていたら、売れてしまったそうだ。
シモンさんの作品が広く世間の目に触れるきっかけになったのは、1967年の渋谷東急本店の開店だった。開店キャンペーンのためにディスプレイ用人形を製作。雑誌の記事になるぐらい、かなり前衛的な人形だったようだ。
同じ年、状況劇場の公演に役者として出演するようになる。1969年には、渋谷金王八幡での状況劇場公演「少女都市」に参加。その公演中、寺山修二の劇団「天井桟敷」と唐十郎の劇団「状況劇場」の乱闘騒ぎが発生!渋谷署に2晩「留まる」ことになったそうだ。(あの境内は歴史的に抗争の場と化す呪いがかかっているような気がする。)
1978年には、JR原宿駅近くに人形制作学校エコール・ド・シモンを創立。いまでは周りにデザイン系、造形系、ファッション系の専門学校も建ち並ぶ。創立以来、ほぼ毎年、生徒の作品の展覧会も開催しており、中にはnのフィールドを思い出させるような作品もある。もちろん、ここからプロの人形作家も巣立っている。

エコール・ド・シモンは、学校であると同時にシモンさんのアトリエでもある。外苑前中学もすぐ傍。シモンさんにとって、原宿は多感な時期を過ごした場所であり創作の場でもあるんだと思う。ちなみに、現在のシモンさんは、年に1体しか人形を作らない。そのせいもあって、彼の作品は1体500万~1000万円(!)でも売れてしまう。

エコール・ド・シモンから北上すると(住所は代々木。一応、渋谷区)には、「人形美術協会」の本部もある。

文化庁管轄の財団法人で、日本の人形芸術振興団体。本部、地方の支部では、初心者向けから高度な技術まで、人形制作の指導を行っている。早い話が、人形教室の先生の家元制度を運営しているような組織。もともとは、松濤にあった東京人形学院が1962年に設立した全日本人形師範会が母体。人形劇をやる人達の団体「日本人形劇人協会」も、ここの近くに本部がある。
いままで知らなかったが、渋谷~代々木にかけては、人形制作にかかわる人が集まる場所が集中しているようだ。人形美術協会やエコール・ド・シモンのような本格的に人形制作を教える場があったこともあるが、NHKが人形劇番組を長く続けてきたことも関係があると思う。

すっかり忘れていたが、ローゼンメイデンのアニメ第二期で、主人公が彼女(?)を送って行った場所は、代々木八幡の裏通り(青年座のあるあたり)だった。第二期の展開には、「劇団」が重要な舞台になるのだが、四谷シモンさんが劇団の役者だったこととオーバーラップしているような気がする。人形と俳優には、模倣、仮装、鏡像、自己愛など、底通する要素が多い。ときに、行き過ぎた人形愛は、自己愛との境界を脆弱にしてしまう。そのとき、人形愛好者は、人形に魂を感じるのかもしれない。
そんな魂を感じさせる人形の棲む館が、原宿にはあったりする。(後編につづく)