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年前の319日、神泉駅直近の木造アパートで女性の他殺死体が発見された。

殺害は38日深夜から翌9日未明。アパートの部屋に死体が10日間放置されていた。死体発見から2か月後、容疑者として不法滞在外国人が逮捕されたが、一貫して無罪を主張。事件から15年後の2012年に無罪が確定した。
この事件は、後に「東電OL殺人事件」と呼ばれ、大きく報道された。ジャーナリスト(自称含む)や社会学者、心理学者の興味を相当にそそったらしく、この事件に関する雑誌記事や書籍もいくつも書かれ、世紀末東京を象徴する殺人事件として、あるいは渋谷の黒歴史として、言い伝えられている。

当時、ランブリングストリートを軸に徐々にイメージ刷新しつつあった円山町の印象を以前より悪化させたかもしれない。郊外の住宅地で起きた殺人事件では、閑静な住宅街や平凡な家庭との対比が犯人の狂気を感じさせるが、この事件では、殺された女性がこんな場所でそんなことをやっていたという意外性の方が狂気を感じさせ、この場所で殺人事件が起ったのは、むしろ当然と思わせるところがあった。殺された女性が客引きをしていたのが、口紅を付けた地蔵として知られる「道玄坂地蔵」の前だったとか、事件現場付近は、その昔、人骨が多数発掘されたため「地獄谷」と呼ばれた場所だったといったとか、過去からの呪いというか、地域的な因縁を感じさせずにはおかないものがある。

20年経って、現場付近は当時の面影もない、、、と書かれる殺人現場の方が多いだろうが、この事件の現場となったアパートは、渋谷の街中にありながら、当時と同じ状態で今も存在している。その上、アパートの部屋も何事もなかったかのように、ちゃんと貸し出されている。部屋のドアには、今は暗証番号キー付のノブが取り付けられており、ときおり人(実際に見かけたのは欧米系外国人だった)が出入りしている。

実は、このアパートのオーナーは、近所のネパールレストラン経営者。元々は、殺された女性に「営業用」として部屋を貸していてたし、容疑者男性の仲間である不法滞在者にも、その部屋を貸そうとしていたらしい。20年前から借り手の出自や事情は一切問わないダイバーシティ経営を続けているとは、さすが渋谷、と言っていいのかもしれない。
容疑者が仲間の不法滞在者といっしょに隠れ住んでいたのは、そのアパートの隣のビルだったのだが、こちらもいまだ健在。いや、健在というより益々老朽化して、さらに怪しさが増している。1階はラーメン屋やブティックなので、それほどの怪しさではないが、2階より上は、何に使われているのかよくわからない。以前は屋上に外国人が集まってパーティーで大騒ぎ(怪しいハーブが使われたかは不明)なんていうこともあった。

この殺人事件の真犯人は、いまも謎のままだ。事件当時の法律では、15年後の2012年に時効が成立するはずだったが、2010年の法改正によって強盗殺人の時効が撤廃されてしまった。とういうことは、捜査は続けらえているのかもしれない。
以前、円山町を散歩していたら、殺人現場はどこか道を訊かれたことがある。いま思い返すと、あれは2012年だから、容疑者の無罪が確定し、この事件が再びニュース報道された年。今年は、事件後20年目ということで、記事になるか、迷宮入り事件特番になるかもしれない。
地元商店会や町内会は、事件の記憶を封殺したいところだと思うが、今の時代、それは不可能だから、むしろ今はもうあんな事件は起こらない町になったことを示せるといいのだけれど... 実際、いまでは円山町ホテル街は、渋谷の中でも監視カメラの設置台数が多いエリア(*)になった。東電OLの立っていた道玄坂地蔵にも監視カメラが設置され、夜中に立っている女の人もいない。ただ、あの辺りに「デリバリー」されてくる女の人は、当時よりも増えているかもしれない。


*:そのせいか、落書きやシールも減っている。逆に円山町南部のホテル街ではないエリアの落書き(グラフィティ)が近年急増している。