渋谷には「夜の区長」がいる。

昨年6月、渋谷の「夜の区長」が任命された。「夜の帝王」みたいな怪しい噂ではなくて、渋谷区長も認めた公式・公認の「夜の区長」。

渋谷区なので、区長と書いけど、英語では"Night Mayor"=夜の市長。この制度の発祥の地は、アムステルダム。
アムスといえば、「飾り窓」とか、歴史的に夜の街だから、昔からある制度かと思っていたが、ナイト・メイヤーが生まれたのは、2003年と今世紀に入ってから。かの国ですら、昼の行政・警察と夜の世界が歩み寄るには時間がかかったらしい。
この制度が生まれるキッカケは、ポール・ダンスに対する規制強化だったそうだ。当時、市当局は、ポール・ダンスを売春につながるとして規制対象に含めようとした。ナイト・クラブ業界側は、これに対抗して、ある日、市内50ヶ所以上のクラブで一斉に、ポール・ダンスのワンナイト・イベントを開催した。市当局も警察も、取り締まりの手が及ばず、ワンナイト・イベントは大盛況。(抵抗の仕方がクール!)
その結果、行政側は夜の世界とのつながりの必要性を、ナイト・クラブ業界側も行政との窓口の必要性を互いに認識し、夜の世界と行政側をつなぐパイプ役としてナイトメイヤーが生まれたそうだ。

渋谷のナイトメイヤーは、アムステルダムとは真逆の「規制緩和」をきっかけに登場した。
日本の夜の世界を規制する風営法の対象ビジネスに、これまで「ダンス営業(客にダンスさせるお店)」が入っていた。風営法は、警察による売春、賭博の取締りを主眼に終戦直後1948年に制定されたのだが、キャバレーやダンスホールの類も、買春仲介の場になっているという当時の認識から規制対象に含まれてしまった。その後、60年代にディスコが、80年代にクラブが、日本にも登場したが、「夜+ダンス」ということで風営法の規制を受けることに。キャバクラならまだしも、普通のクラブ事業者にしてみたら、なんで警察に取り締まられるのか、わけがわからない話。
ビリヤード場もダンスホールとともに1948年に規制対象に入れられたのだが、ビリヤード場は早くも法制定7年後には、「健全な屋内スポーツ」ということで対象から外されている(駐留米軍あたりからの圧力があったのではと妄想)。ダンスホールの方は、何十年たっても規制対象のまま。
ダンスに限らず、風営法による規制や警察立入りについては、表現の自由、営業の自由などの基本的人権を侵害しないように、と1984年の法改正の際に国会付帯決議に盛り込まれるぐらい、風営法は曰くつきの法律として存在してきた。にもかかわらず、今世紀に入ってもクラブやライブハウスを朝まで営業することは禁止されていた。
それがようやく2015年に法改正(*2)され、2016年6月から(届出が必要とは言え)朝まで踊っていていいことになった。いろいろな背景(*1)が重なって、このタイミングの法改正となったと思うが、やはり、夜のダンス業界を初めてまとめられたというところが大きいと思う。特定のビジネスの規制緩和に関しては、行政側に働きかけを行う業界団体の成立がほぼ前提条件になっている。行政側からすると、規制緩和する代わりに、業界団体を組織させて、しっかり自主規制・自己管理はしてもらうよ、という意味もある。
ただ、夜のダンス業界については、業界団体が長らく組織されなかった。今回は、ユーザー側というか、踊る側が率先してクラブ等の事業者も巻き込んで動いた感じ。結果的に業界団体という一組織化まではできなかったが、夜のダンス界(業界ではなく)の「代表者」を選出したことが成功の要因だと思う。

で、代表者となったのが、夜の渋谷区長となったZeebra氏だったわけだが、非常に適切な人選だったと思う。クラブの事業者側はまとまり切れず、一方、ダンス団体はクラブ事業者とは距離を取っているような状態(文科省の方に近づいていた)の中、クラブの集客をリードしてきたDJ側から代表者が出れば、どっちのサイドの関係者も話をしやすいし、話も聞いてもらいやすい。もちろん法改正にいたるには、代表者一人だけの力でどうかなるものではなくて、代表者を支えた関係者の力量も高かったのだと思う。議員さんへのロビー活動でも、与党には市場規模で、野党には人権問題で、働きかけていく作戦なんて、背後に策士がいるんだなぁと思った。Zebra氏の友達は「悪そうなやつら」だけではなかったってことか。
実際のところ、彼は法改正活動の代表者となった時点で、実質的にナイトメイヤーになったともいえる。後付けとはいえ、抜け目なく、「渋谷の」観光大使としてナイトメイヤーの称号を使った「昼の渋谷区長」も相当な策士だと思う。(別に、港区や東京都が、ナイトメイヤーの称号を出そうと思えば、出せたわけだし。)

ところで、夜の区長がいる渋谷には、ちゃんと「夜の渋谷区庁舎」もある。真夜中はもちろん、朝まで開いている。(渋谷署届出済み)


*1:カジノ法案成立のための事前法整備だという説を唱えている人もいるが、さもありなんと思う。カジノの周辺には、諸々のダンスを含む深夜遊興営業が付きものだし。東京オリンピック決定もプラスに働いたらしい。さらに言えば、カジノ法案も風営法改正も、大きな流れ(追い風)としてはインバウンド政策があるんだと思う。この流れに乗らないと、東京ですら、将来は暗いということなのだろう。
*2:先の東京オリンピックの1964年に、少年非行防止を目的に深夜飲食店営業に対する風営法の規制が強化されている。今回の東京オリンピック前に、その規制が緩和されたのは、かなり意義深い。(ちなみに、1970年の大阪万博を契機に増えたモーテルやラブホは、1972年に風営法規制対象になったまま。)